組織づくり研究所

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COLUMNコラム

2022.02.01

裁判例は失敗例だ

パワハラ

その日、私はバスに乗って、労働判例を学ぶ講座に向かっていました。バスの中では、動画で「車内での転倒事故防止」注意喚起のビデオが流れていました。私はなんとなくその内容に違和感を覚えながらバスを降りました。

 

バスは公共の乗り物です。万が一事故などを起こせばとても大きな影響があります。ビデオで流れていたように、割り込んだ自動車のせいで運転手が急ブレーキを踏んでしまい、転倒事故が起きてしまう事も実際にはあると思います。

 

しかし、本当の意味で社内での転倒事故が起きないようにする為には、啓蒙活動だけではうまくいきません。

 

会社は運転手の職場であるバスや運転手の安全配慮義務を講じる義務があります。運転手も乗客を安全に運ぶ為に、車間距離やスピードに注意し、安全運転を心がけなければなりません。同時に、私達乗客も、啓蒙活動に基づいてバスが止まってから席を立つなど行動を変えた方が良いのです。一般道を走る他の車も、自分の都合優先ではなく、安全運転を心がければ、社内での転倒事故は起きにくくなります。

 

「割り込みはやめましょう」「手すりや吊革につかまりましょう」などの啓蒙活動も大切ですが、バス会社も運転手も乗客も他の車の運転手も、関わる人全てが当事者だと思って、全員が安全に対して同じ意識で気をつける事が必要です。

 

バスが安全に時間通りに目的地に運んでくれる事は一見当たり前のようですが、乗客の私達は日々感謝の気持ちも忘れないように伝えたいものですね。

 

 

判例を知るだけではパワハラは予防できない

その日私が参加した講座で扱った判例は、主に「職場の嫌がらせ」つまりパワハラがテーマでした。講座の中で、弁護士の先生がおっしゃった言葉「裁判例は会社の対応の失敗例であることが多い」という言葉で我にかえりました。

 

「加害者も被害者も意地になって和解が出来ない」「もっと前に解決する方法がなかったのか考える」「どの時点で何を誤ったのか」・・・「結論よりもむしろ適法・違法の考慮要素が重要」というお話も心に刺さりました。

 

顧問先から判例を求められる事があり、私は争いも一部扱える特定社会保険労務士として判例も学び続けています。でも裁判例は判断の枠組みとしてはとても重要なのですが、どんなに裁判例を学んでも、パワハラ予防のヒントとはなっても防止とはならないのです。

 

認定で難しいのは事実認定とともに、パワハラの加害者の内心の証明です。メール等の文章は残りますが、言動の食い違いは争いになる事も多いのです。客観的に第3者から事情を聞く事も重要ですが、一方で社内に噂が広まらないように秘密を守る事も求められます。揉めたら弁護士に頼むという話もよく聞きますが、その前に社内で出来る事は沢山あるのではないかと私は感じています。

 

社内で揉め事があると職場の安全性の土台が揺るぎ、職場の雰囲気が悪くなり、生産性が落ちます。裁判ともなると損害賠償等の費用や時間がかかるだけでなく、会社の対外的な信用も崩れます。

 

厚生労働省の「あかるい職場応援団」のサイトには、沢山の裁判例が載っていますが、悪意がある行為だけでなく、指導が熱心なあまりに行き過ぎた逸脱行為となったケースも見られます。また、退職に追い込むような、組織の意思で実行されたケースもあります。このような場合、不適切な発言や違法行為は使用者責任となる事もありますし、業務との関連性が認められて労災認定に発展する事もあります。

 

講座の中の裁判例で、小学校の教諭が児童の保護者からカスタマーハラスメントともいえるような理不尽な言動を受けたことに対して,上司である校長が適切な対応をしなかったことがパワハラとされた事例を聞いたときにハッとしました。校長が顧客(この場合は保護者)の怒りを静める事、部下(先生)の安全や立場を守る事の両立が難しいと感じたのです。それと同時に、今朝バスの中で感じた違和感、つまり、立場の違う人が多数関わるバスの事故防止が啓蒙活動だけではうまくいかないだろうと感じたことが、なんとなく自分の中でつながったのでした。

 

組織の成功の循環モデル

マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱する「組織の成功の循環モデル」というサイクルがあります。組織の成功には順番の法則があり、それを誤ると負のスパイラルに陥ってしまう可能性があるという事です。

 

パワハラが起きている組織では、成果が上がりません(結果の質)。対立や分断、価値観の押し付けが多くなり、何かあると人のせいにするようになります(関係の質)。面白くないから仕事も受け身となり(思考の質)、社員も自発的・積極的に行動しなくなります(行動の質)ので、さらに成果が上がらないという負のスパイラルとなります。

 

目的やビジョンを示さずに、トップダウンで業務改善や残業削減だけに走ろうとするとパワハラになりかねません。研修を依頼される事も多いですが、研修を受講するだけ、判例勉強会に参加するだけという行動だけでは、パワハラはなくなりません。

 

 

ではどうしたら良いのでしょうか。

 

一見遠回りに見えますが、「関係の質」の改善について、最初に取り組む必要があります。人は自分のことをわかってくれる人の話を聞きます。そして、そういう人に相談します。2022年4月には中小企業もパワハラの相談窓口の設置が義務化されますが、相談される人は、まずは受容や共感を示して相談を受け止めることが大切です。相槌やうなずき、繰り返しや話す相手のペーシングなどが効果的です。相槌やうなずきで双方に幸せホルモン「オキシトシン」が出るという実験結果もあるようです。

 

仕事でも「気付きがあるから面白い(思考の質)」→「自発的な行動」(行動の質)→「成果が出る」(結果の質)→信頼関係が高まる(関係の質)というプラスのスパイラルを目指したいものです。

 

もう1つのポイントは、人に何かを伝えるときには、その人に伝わる伝え方を工夫しましょう、という事です。例えば私は感情や気持ちを大事にするため、体験エピソードやストーリー仕立てで話をされると伝わります。私の部下は、時間軸に沿って締め切りや納期などを中心に作業計画を交えて話す方が伝わります。

 

理論や理屈で話すと伝わる人、絵のようにビジュアルの方が伝わる人、感情に訴えた方が伝わる人、人それぞれに思考の質やタイプは違います。どれが間違っていることはなく、どれもその人の大切な思考や行動の特性です。

 

では、相談者がどのタイプなのかどうやって見分けるのか? という事になりますが、十分に観察して様子を見ていればわかってくるようになります。

 

令和2年度の厚生労働省の実態調査からわかる事

令和2年度の厚生労働省の実態調査からわかる事があります。ハラスメントがある職場の特徴としては、第一にコミュニケーションに問題があります。これは今まで述べてきた通りです。それから、失敗が許されない(許容度が低い)という特徴があります。つまり失敗を必要以上に責める(責められる)という事が、日常的に起こっている事が想像されます。そこには、出来てあたり前、厳しく指導する事で人は成長するはずという思い込みが潜んでいる事が多いのです。

 

昭和の時代にはそれで通用したかもしれません。私自身も苦手な事をそのように克服してきました。しかし、その考え方が私が毎日見ているZ世代に通用するか、最適かといえば微妙です。人が育つには時間がかかります。失敗を恐れる世代だからこそ、安心安全な土台がより必要です。自分の今までの思い込みや成功体験を手放した方がうまくいくこともあります。部下の成長を求めるならば、失敗を許容する事も必要ですし、個人個人の思考方法による強みと弱み、得意な事・苦手な事なども考慮して仕事を任せる事が有効でしょう。

 

出典:厚生労働省 職場のハラスメントに関する実態調査より抜粋

 

ハラスメントをなくす事を目指すのではなく、まずはどんな職場が理想かを話し合う場を作る事から始めてみて下さい。残業が多い、休暇を取りづらいという特徴もありますので、どうしたらお休みが取れるかなども徐々に話していきましょう。

 

テレワークでのコミュニケーションはうまくいっていますか? オンライン上でも話し合いの場は作ることが出来ます。

 

私たちは、問題を直接解決せず、気付いたら解決している方法を、ファシリテーションの中でお伝えしていきます。どこから始めたらわからない場合、私達が力になります。

鎌田 良子

鎌田 良子

特定社会保険労務士

担当地域:全国

週4正社員®︎制度を導入する社労士法人に勤務し、自ら新しい働き方を実践中。法律論だけでなく、経営者が大切にしている事を軸に、社員の強みが活かされ、会社が発展するしくみ、最適なアプローチを提案しています。