昭和から平成、令和と少子高齢化が進み、働く環境は大きく変わってきています。
ダイバーシティ、働き方改革という言葉も、多くの方が聞き慣れてきたのではないでしょうか。
さらに、昨今のコロナ禍をきっかけに、私たちの働く環境の変化に拍車がかかったように思います。
そんな中、今年3月に障がい者の法定雇用率が引き上げられました。
法定雇用率引き上げに向けて、企業がやるべきことはどのようなことなのでしょうか?
この記事では実際に障がい者雇用に取り組んだ体験談とともに、経営戦略としての障がい者の雇用をどのように考えるのか解説していきます。
この記事のポイント
- 知っておきたい法定雇用率について
- 障がい者雇用の体験からわかった2つの取り組み方
- 経営戦略として障がい者の方を雇用するための3つのポイント
法定雇用率とは?
あの有名なコーヒーチェーンが、令和2年度の「障害者雇用優良事業所等厚生労働大臣表彰」を受賞しました。これは、厚生労働省が9月の「障害者雇用支援月間」に毎年おこなっており、障がい者雇用の促進と安定に貢献した企業を表彰するものです。このコーヒーチェーンでは、障がい者雇用率が3.15%と法定雇用率を上回りました。
法定雇用率とは、常時雇用している労働者の数に対して雇用しなければならない障害者の割合のことで、すべての事業主はこの割合以上の障がい者を雇用するよう、障害者雇用促進法で義務づけられています。実は、民間企業だけではなく、国や地方公共団体などの行政機関でも法定雇用率を満たすことが義務とされています。
法定雇用率が定められているのには理由があります。
憲法で「職業選択の自由」が保障されていますが、採用するほうにも「採用の自由」が認められています。
しかし、採用側の自由を無制限に認めてしまうと、障がい者のようなハンデを背負った方が希望の職業につくチャンスを得にくくなってしまいます。
このことから、法律で障がい者の雇用率に関する定めをもうけ、障がい者の雇用が促されるような仕組みを作っているのです。
障がい者雇用へ取り組んだ時の体験談
私は前職では全国展開しているパチンコ業界の大手法人で約20年間勤務しており、十数回の転勤を経験しました。
店舗責任者である店長としての転勤が一番多く、各店舗における障がい者の雇用に関しても、店長の最終判断で決めることとなっていました。
自分自身のことを偉そうに言うつもりはありませんが、どちらかというと障がい者雇用には積極的な方であったと思います。
企業の社会的な責任として法定雇用率を遵守することは大事なことなので、障がい者雇用については意欲的に取り組もうとは考えていました。
しかしそれ以上に、私が積極的であった大きな理由は、この2つでした。
①会社の中に障がい者雇用がしやすい環境が整っていたこと
②出会った障がい者の方々との経験
1.会社や関連機関のフォロー態勢
私のいた会社では、障がい者雇用に関して人事部にも担当者がいました。
人事の担当者が各地域での面接で採用候補者を絞り込み、近隣店舗での勤務を店長が最終判断する、という流れです。
実際に働いてもらう店舗で面接も行います。
その時は店長と人事担当者、施設の担当者と本人の4者面接となります。その前段階までで、おおまかな業務内容の確認は人事担当者に行っていますので、現場の責任者としては、それらの業務をやってもらうことに関して細かな確認をすることが多かったです。
私のところで障害者の方に実際にやってもらうのは、一般のホールスタッフとは別で主に清掃業務でした。その他に単純作業なども別途やってもらうことがありました。
入社する方にそれらの業務を任せても問題ないか?
きちんと行ってもらえるか?
安全上の問題は起きないか? など、
施設の担当者に細かく確認することになります。
また入社してからも、人事担当者からは状況確認のために随時連絡があるなど、会社側のフォローアップ体制もしっかりしていました。
採用したらあとは現場任せというのではなく、このように定期的に人事担当者や施設の担当者からフォローがあるなど、バックアップ体制がしっかりしていることで、店長の私も安心して障害者の方と接することができました。
2.現場で一番大事なのはコミュニケーション
実際に障がい者の方を雇うとき、現場で大事なのはコミュニケーションです。
店長の私と本人とのコミュニケーションもそうですが、周囲のスタッフが、その方の障害の状態や、仕事の内容等についての理解していることも必須です。
そのため、私からスタッフにも説明を丁寧に行いました。周囲のスタッフが状況を理解してくれれば、自然とフォローもしてくれるようになりました。
障がい者だから特別にコミュニケーションが重要なのかというと、そんなことは一切ありませんでした。私の感覚では一般の職場と何一つ変わりません。
私が気をつけたことといえば、採用したばかりで彼らが職場に慣れない時期には、ケアを怠らないように心がけたことです。
「仕事を覚えるのは順調か?」
「わからないことや困ったことはないか?」
「他のスタッフとは上手くやれているか?」など、
こちらから積極的に声をかけるようにしたのです。
私がその方とコミュニケーションを取ってるところを見ることで、周りのスタッフの理解も進みました。
●入ったばかりの社員をフォローするのは、自然なこと
これも職場に不慣れな一般の新入社員に対して行うのと全く同じことで、決して特別なことではありません。
前職で私が最初に障がい者として雇用した方は、Iさんという二十歳にも満たない若い男性のスタッフでした。
軽度の知的能力障害だった彼は、若いこともあってか業務にムラがあり、指導しても言うことを聞いてくれないことも何度かありましたが、障がい者だから業務にムラがあったでというわけではなく、社会人としての経験が少なかったために業務にムラがあったように思われました。
彼は若くて素直で、私に業務の内容だけでなく、自分の趣味のことなど話してくれることもあり、そんな時の彼はとても楽しそうに見えました。私が異動になった時も、わざわざ手紙を書いて挨拶してくれました。十数年経った今でも、私にとっては嬉しい良い思い出となっています。
また、別の店舗で採用したスタッフの方は難聴の方でした。
彼は普段は補聴器を付けており、丁寧に会話をすれば全て理解してくれます。この方は非常に優秀な方で、自ら考えてどんどん行動してくれました。
彼は、既存スタッフともうまくコミュニケーションをとりながらやっていましたし、既存スタッフを助けてくれることも多くありました。お互いに協力して業務に取り組めるという理想的な関係でした。
私は全国各地へ異動することも多く、いろいろな店舗で多くの障がい者の方を雇用してきました。障がい者の方はとても真面目な方が多かったように思います。
もちろん人によって価値観や人間性が違うので、うまくいくこともあれば、問題が起こることもありましたが、それも通常の採用で起こることと何ら変わりません。
今後の障がい者雇用とは?
障がい者の法定雇用率が令和3年3月1日から引き上げられました。
現在の民間企業の法定雇用率は2.3%です。従業員を43.5人以上雇用している事業主は、障がい者を1人以上雇用しなければなりません。
しかし、令和元年6月時点で民間企業の障がい者の実雇用率が2.11%にとどまっており、民間企業全体でみると障がい者雇用はまだまだ進んでおりません。
一定規模以上の企業には、毎年6月1日時点の障がい者の雇用状況を報告する義務があります。そこで実雇用率が法定雇用率に満たない企業には、行政指導と障害者雇用納付金の2つのペナルティーが課されることがあります。
障害者雇用に取り組むときに考えるポイントは次の3つです。
1.雇用環境の見直し
障がい者雇用の促進に向けて、社内規定や職場環境の見直しが必要です。
働き方改革とも通じるものですが、これらを検討してみてはいかがでしょうか。
- フレックスタイムや短時間勤務
- 在宅勤務
- メンター制度やOJT指導の構築
2.助成金の利用
障がい者を雇い入れる企業には様々な助成金も用意されています。
具体的には、以下のような助成金の制度があります。
- 特定求職者雇用開発助成金
- トライアル雇用助成金
- 障害者雇用安定助成金
いずれの助成金も、積極的な障がい者雇用を行おうとする企業を支援する内容のものとなっています。
申請のための環境整備等のハードルが高いと思う場合もあるでしょうが、あてはまるものがあれば、積極的に申請するのも良いと思います。
必要であれば専門家へ相談しても良いのではないでしょうか?
3.担当業務を明確に決める
業務内容を明確にし、障がい者の方が取り組む業務として分けることを考えることも必要です。
「障がい者の方にウチの仕事は無理だ」と決めつけるのではなく、たとえば最初は補助的な業務や単純作業を切り出してみるなど、業務を細分化していくことで、任せられる業務も見えてくるはずです。
前の職場では、既存のスタッフの業務の一部を、その業務が得意な障がい者のスタッフに任せることで、既存のスタッフは自分が注力すべき業務に集中することができたことで、職場の生産性が上がりました。
これは大きなメリットです。
障がい者の方を採用するにあたっては、面接のときに障がいの内容をできるだけ細かく把握しておくと、入社前の準備を進めやすいでしょう。
安全配慮義務の観点からも、具体的な症状や、就業中に必要な配慮などを事前確認することが不可欠です。本人だけでなく、保護者や施設担当者の方との確認が重要となります。実際に働き始めてからも、必要ならば連絡したり確認することも関係者には事前に説明し、理解を得ておく方が良いでしょう。
もちろん、本人のやる気や仕事に対する想いが第一であることは間違いありません。
経営戦略の一環として障がい者雇用を考えてみませんか?
障がい者雇用に関しては、障害者雇用促進法という法律でルールとして定められています。
しかし、民間企業の障がい者の実雇用率は、法定雇用率には届いていません。現実としてはなかなか障がい者雇用に取り組めていないという現状もあるかと思います。
業種によっては雇用するのが難しいと判断することも少なくないでしょうが、どんな業種でもどんな事業所でも様々な業務があります。障がい者の方もその人によってできる業務は様々で、優秀な方も多くいらっしゃいます。
法定雇用率を守るためだけの理由で、無理に障がい者の方を採用する必要はありません。自社の補助業務や単純作業に取り組める方や、自社の業務に適任であり、頑張れそうな方を見極めて採用すれば良いのです。
繰り返しになりますが、業務を分担すれば何ら問題はありません。
任せられる業務は任せる。そうすることにより、スタッフは自分がやるべき業務に集中できて、職場全体の成果も上がります。
また、リーダーの姿勢によって、スタッフの受け入れ環境も変わります。
「障がい者を採用するから、あとは現場でよろしく」と任せっきりにしてしまうと、現場スタッフの理解も得られませんし、せっかく採用した障がい者スタッフも、自分の居場所を探すことで精一杯で、業務に集中できません。
逆にリーダーが障がい者スタッフと積極的にコミュニケーションを取ると、それを見ている現場スタッフの理解も進みます。お互いにコミュニケーションが取れて信頼関係ができてくれば、障がい者スタッフも安心して仕事に取り組めるようになります。
重要なのはコミュニケーションをとること
今まで何人もの障がい者の方と一緒に働いてきた私の経験から言えることは、採用後も特別に難しいことには取り組むということはありません。基本的にはコミュニケーションを大事にしただけです。
障がい者雇用は、法定雇用率を守るという単なるコンプライアンス遵守という観点だけで考えるのはとてももったいないのです。既存スタッフと役割分担をすることで職場の生産性が上がるなど、多くのメリットもあり、やらない理由はありません。
あくまでも経営戦略として、ダイバーシティという観点からも、会社に必要な労働力を確保する手段としても、障がい者雇用について見直してみてはいかがでしょうか。
ぜひ、一歩踏み出す勇気を持っていただきたいと思います。
※厚生労働省HP
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page10.html
この記事のまとめ
- 制度のためだけに障がい者雇用に取り組むのはNG。フォロー体制が大切
- 障がい者雇用も働き方改革と同じように、社内の働き方の見直しにつながる
- 現場任せにせずリーダー自身が積極的に交流することで円滑に仕事が回る