2020年6月にハラスメント防止法が大企業対象に施行されたこともあり、最近パワハラ、マタハラ、などハラスメントに関する言葉をよく聞くようになりました。
この法律の中小企業への施行は2022年4月からですが、大企業ではないからという理由で、今、パワハラ対応をしなくてもいいというものではありません。社員からパワハラがあったと相談があれば、適切な対応が求められますし、ハラスメントがおきない職場環境づくりをする義務があります。
どんな会社でも、そもそもハラスメントが起きてほしいなんて少しも思ってはいないのですが、それでもハラスメントが起きてしまうことがあります。どうすれば防げるのでしょうか?
この記事では、ハラスメントの事例とハラスメントが起こる原因、 それに対応する方法について解説します。
この記事のポイント
- 思いだけではパワハラは防げない、具体例と改善策がわかる
- パワハラを起こさない組織の環境・土台を作る3つのポイント
- 統計で理解するハラスメントが起きる多くの原因
お店を良くしたいという思いがパワハラにつながった事例
ある大手のレストランチェーンでこんなことがありました。
ある日、本部に「先日、こちらの大阪店で食事をしたときに、お店の店長がアルバイトの子に対して大声で怒鳴りつけていた。パワハラもどきの店長の態度に、せっかくの家族の楽しい食事が台無しになった」というクレームの電話がかかってきたのです。
実はその店長はとても仕事熱心で、「お客様に笑顔で帰ってもらう」 というお店の経営理念を実現するために日々頑張っていたのです。しかし、店長の「良いお店にしたい」という思いが強すぎるあまり、店員の行動や接客態度が自分の思うようにできていないと、その店員に怒鳴ったり物を投げたりしてしまっていたのでした。
この店長のように、「会社を良くしたい」という思いからやっていたとしても、自分の一時的な怒りを相手にそのままぶつけてしまうと、自分の思いが相手に伝わらないだけではなく、相手に嫌な感情を抱かせ、パワハラと捉えられる、という逆の結果になってしまうこともあります。
こういう場合は店員が「確かに店長の言うとおりだ」と納得するように、冷静に「こうして欲しい」と伝えることが大事だったのです。
パワハラがおきない組織風土を作るための3つのポイント
かつて、私は行政で労働相談員をしていましたが、この事例のようなパワハラの相談は多くありました。被害者は精神的にダメージを受け、同時に会社で働くモチベーションが下がってしまっていました。
さらに、職場環境が良くないことで、同僚にも「いつか自分が同じよう目にあうのではないか?」、「ギスギスして嫌だ」などと感じさせ、委縮したり、積極的に職場で発言できないなどの悪影響を引き起こしていました。
パワハラと認定されれば、いくら仕事が良くできる人であっても、会社は行為者を処分せざるを得ないですし、処分される人にとっても、ショッキングなことです。以前と同様のパフォーマンスが発揮できるかはわかりません。パワハラは誰にとってもデメリットしかありません。
私は、現在、労働者からハラスメントの訴えがあった会社の依頼で、第3者の立場でハラスメント調査に入り、被害者、行為者、関係者から話を聞いて事実確認をする仕事もしています。会社にとっては、時間、金銭的の負担があり、関係する社員たちにとって緊張を強いるものになります。
被害者だけでなく、行為者のメンタルにかなり影響がありますし、生産性が落ちているのを目の当たりにし、やるせない気持ちになります。
そのような会社にかかわる度に、ハラスメントがおきない組織風土づくりをしていく方が、はるかに気持ちが良く建設的だと実感しています。
ハラスメントがおきない組織風土づくりをするには、どうしたらいいのでしょうか。
3つポイントがあります。
1つ目、ハラスメントに関する知識を皆が持つこと。
2つ目、自分と他人は価値観も考え方も違うことを理解し、お互いに認め合うこと。
3つ目、感情のコントロール方法を知っていること、できること。
1.ハラスメントに関する知識を皆が持つ
「何がハラスメントに当たるのか」について社内全員への教育を継続的に行います。
この教育をすることで、ハラスメントの行為者にならないだけでなく、自分が被害を受けた場合にも、何がハラスメントかわかるようになり、職場全体の人権意識が上がります。
2.自分と他人は価値観も考え方も違うことを理解し、お互いに認め合う
誰もが尊重される職場をつくるための取り組みをします。
社員一人一人が、それぞれ経験や背景、生活事情などが違うことを認識し、どう違うのかということを互いに理解し、価値観を大切にできること。対話を行うことで実現します。最初は、外部講師を招いて、互いの価値観を知り、対話を促すワークショップを開いてもいいでしょう。傾聴など話を聴くスキルを学ぶことも必要です。
この取り組みを進めていくことでお互いの言動の理由や背景を知ることになり、自分の考え方や価値観だけが普通・標準と思わずそれぞれの考え方や価値観があることを認め尊重しあえる職場になっていきます。
ある会社で価値観や経験などを質問しあうワークショップをしました。一人づつ時間をとり、じっくり答えてもらうことで、深く理解しあえる場になり、信頼関係が生まれました。その後、仕事の場面で以前より協力しあえる関係になったと聞いています。
3.感情のコントロール方法を知っていること、できること
アンガーマネジメントをはじめとする、感情コントロール方法を学び、練習しましょう。精神論ではなく感情と上手につきあうトレーニング法を知ることで、事例のように、怒りの感情をそのままぶつけて、ハラスメントと言われかねない不適切な叱り方をする、といった言動を防ぐことができます。
以上の3つのポイントを念頭に、繰り返し社員に働きかけていくことで確実にハラスメントがおきにくい組織になっていきます。
調査では4割の人が職場でハラスメントを受けたことがあると感じている
パワハラ相談を受けたり調査をして問題があると感じるのは「相手が悪い・至らないから指導している、自分は正しい」という、行為者自身の意識です。
自分がパワハラをしている意識がないので、本人自ら気づくことができません。被害を訴え出られたり、周りにいる人から職場環境の悪化を指摘されて認識するケースが多いです。
被害者は、被害を受けても、会社に申告することにためらいがあるため、会社が把握する件数よりも多くハラスメントが起きていると考えて対策を講じることをお勧めします。
日本労働組合総連合会(略称「連合」)が調査した「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019」を見ても、職場でハラスメントを受けた経験があると答えた人は約4割で、
「脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言などの精神的な攻撃」が41.1%、「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害などの過大な要求」が25.9%、「私的なことに過度に立ち入ることなどの個の侵害」が22.7%など、パワハラに該当しうる行為を受けた人の割合は高いです。(複数回答)
出典「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019」(日本労働組合総連合会)
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20190528.pdf?40
ハラスメントを受けたことで起きた変化としては、「仕事のやる気がなくなった」が53.6%、「心身に不調をきたした」が22.4%、「仕事をやめた・変えた」が18.9%と、仕事へのモチベーションを奪っていることがわかります。
特に20代では「仕事をやめた・変えた」が27.3%と他の世代と比べて高く、ハラスメントが若手の離職を招いていることは明らかです。
継続的な取り組みがパワハラを防ぐ
労働力不足で採用は難しくなっている今の時代、日常的にハラスメントが起きるような職場では、せっかく採用、育成した社員が離職したり、心身に不調をきたし、その結果、労災、損害賠償請求といった問題も起きがちです。
ハラスメントが発生しやすいギスギスした職場では、個人のスキルが高くても、その人のモチベーションが低ければ個人として大きな成果は出ませんし、助け合いも少なくチームとしての成果も低くなります。
冒頭の事例では、店をよくしようとした店長の言動が、パワハラととられて、かえって店のイメージを悪くしました。パワハラが意図せずに起こったのは、店長が自分の価値観に合うようにアルバイトの店員をすぐに変えようとしたことに問題がありました。
●アプローチを変えれば、お互いの信頼関係も生まれる
店長とアルバイトの店員では経験も価値観も違います。店員が育つには時間がかかります。自分の思い通りに人を無理やり動かそうとするのではなく、彼がどう学び、どう成長させるかを考えてサポートするといいのです。
店長と店員がお互いに相手のことを考えて行動できるようになると、信頼関係が生まれ、パワハラは起きにくくなります。
ハラスメントを起こしやすい組織風土を変えようとすると、そこにいる人の考え方を変える必要があります。一度や二度の研修をしたからといって、すぐに効果があるものではありませんが、継続して取り組むことで、確実に組織に変化が訪れます。
新しい法律に対応しないといけない!面倒だ・・・と後ろ向きに法律違反しないぎりぎりを狙って対応するのではなく、このハラスメント防止法施行を機会に、より良い組織づくりに取り組んでみませんか?
この記事のまとめ
- 思いだけで言いつけても人や社員は変わらない。まずは冷静になる
- ハラスメントは3つのポイントを理解し、組織の土台から変えていくことが有効
- ハラスメントを起こさない組織・環境作りは継続して取り組むことが大切